セオドールレーシング・バイ・プレマ 感動的な勝利で第60 回マカオGP を制覇(プレスリリース日本語版)

セオドールレーシング・バイ・プレマのアレックス・リンのドライブで先代のセオドールレーシングから数えて7 回目の勝利をマカオGP の歴史に刻む

photo/Chan Hou KinPhoto/Chan Hou Kin

セオドールレーシングは1992 年以来、このマカオGP に戻ってきました。創立者のテディ・イップが故アイルトン・セナを起用して勝利した1983 年のレースより数えてちょうど30 年と言う記念すべき年でもあります。

英国人ドライバー、アレックス・リンがスタートからゴールまでレースをリードし続けたものの決して容易な勝利ではありませんでした。セーフティーカーのタイミングやイエローフラッグ等により何度もリードを縮められるスリリングな展開だったからです。スタート直後、何度もストレートエンドでその差を詰められましたが、山側セクションでリードを広げました。
その様子をスポンサーであるSJM(リスボアホテルの親会社) ホールディングスのCEO であるドクター・アンブロス・ソゥがモニターを厳しく見つめる姿が印象的でした。

リンの最大のライバルは2012 年のマカオGP ウイナーのレッドブルのサポートを受けるカーリンからエントリーしたアントニオ・フェリックス・ダ・コスタでした。ラスト4 周で1 秒弱まで詰められるものの、さらにじわじわとリードを広げたアレックス・リンは1.173 秒のリードを保ちフィニッシュしました。

photo/Drew Gibson/Prema

Photo/Drew Gibson/Prema

しかし一方でチームメイトのルーカス・アゥアは、マンダリン・ベントでクラッシュしレースを終え残念な結果となってしまいました。
オーストリア人のルーカス・アゥアは最初に予選でクラッシュしてしまい最後尾からのスタートとなってしまいました。そしてスタート直後、他車の動きから連鎖反応的に事故が起きてしまいオープニングラップでバリアに激しくヒットしレースを終えてしまいました。

テディ・イップJr は
『マカオGP の60 回目のこの記念すべき年にセオドールレーシングの名前が戻ってきて御伽噺の様なストーリーを生み出した。スポンサーであるSJM と一緒にアレックス・リンの勝利を見るのは感動的でした。そしてこの勝利はマカオのイベントに貢献してきた父への恩返しとなったと確信しています。アレックス・リンとプレマはパーフェクトな仕事をやりきったと思います。』と語りました。

この60 周年記念イベントにセオドールレーシングをカムバックさせるアイデアは今は亡き父への想いから生まれたアイデアです。
父の時代のセオドールレーシングは1983 年、故アイルトン・セナの勝利から6 回の優勝を記録しています。

チームスポンサーのSJM(Sociedade de Jogos de Macau, S.A.)ホールディングスはホテルグループでマカオGP と長い繋がりを持ち、昨年まではグランプリのタイトルスポンサーを10 年以上続けていました。
しかし両者のその関係はさらに古くその親会社であるSTDMがスポンサーをはじめて行ったのは1960 年代からであり、もちろんグランプリと結びつけたのはテディ・イップ・シニアである。

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ドライバーのコメント

Alex Lynn
このフィーリングはとてもじゃないが言葉に出来ない。去年は3 位だった。
そのあと1 日でも早くここに戻ってきてレースがしたかった。もちろん優勝するためにね。だけど今は自分が優勝した実感が無い。スリップに付かれて多少のバトルをする事は覚悟していた。
だからフロントエンドのセットアップを強くしてバトルに備えたんだ。しかしその必要は無かった。最後の数ラップでリアタイヤがフェードしてしまった。あと少しだ、あと少しだと自分に言い聞かせて我慢した。

Lucas Auer
前の方で誰かがスピンして自分の前にいたクルマがブレーキングをし、逃げ場が無くなってしまった。これがマカオだよね…つまりなんでもありと言う事だよ。それがこのサーキットだ。でも全ては自分が前日にミスをした事が原因だ。そのミスをした事でこう言う結末になってしまった。

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